BCLよ永遠に!

55歳の神奈川県人です。BCLについて語ります。

2017年11月

放送局名:Radio Pyongyang 朝鮮中央放送
放送主体国:朝鮮民主主義人民共和国
受信年月日:1975年11月13日

Radio Pyongyangはほとんど聴きませんでした。「アメリカ帝国主義」「韓国はアメリカの傀儡政権」のどの言葉、当時の金日成主席をほめたたえる内容、要は北朝鮮バンザイの内容にどうしても違和感を覚えたからです。1975年当時、一日何時間も放送していましたが、よくぞこれだけ自国をほめる番組を作れるなぁと別の意味で関心したものです。40年以上たった今でも基本的な放送スタイルは変わりませんね。カードのデザインは景勝地でボートに乗る人民を写していますが、この時代はまだ国民のあいだで余暇を楽しむ余裕があったのでしょうか。

RPyongyang171128
RPyongyang171128u


にほんブログ村

今日はベリカードの紹介は一休み、私のラジオの遍歴(?)をお話しします。

私がBCLをはじめたのは13歳の時です。まさに世はBCLブームの真っ最中、私もブームに乗っかって始めたのです。そこで父親にお願いしてラジオを買ってもらいました。父親には「英語の勉強をしたい」とウソとも本当とも言えない理由を言ったら快く買ってくれたのです。


記念すべき第1号機はNational製のクーガNo7です。
クーガNo7
このころ、私は短波の中波の違いも分からないド素人で、デザインにひかれて購入しました。しかし買ってから気づいたのですが、このラジオのウリであるジャイロアンテナは中波には威力を発揮するものの、短波受信には効果がないということです。周りの友人は皆スカイセンサーを持っており、私だけがクーガでした。国内放送受信には興味がない私は「スカイセンサーを買っておけば・・・」と後悔したものです。それでも木造建ての自宅でもロッドアンテナだけでR.オーストラリア、アンデスの声、BBCなど主要な日本語放送は受信できたのでBCLを楽しめました。


2号機は高校2年生の時購入した、ICF-5900です。
ICF5900
クーガNo7に比べ、性能は格段に上がりこれまで受信できなかった局が多数受信できました。RAEを受信できたのもこの時が初めてです。そうそうSony製の外部アンテナAN-1を購入したのもこの時です。


この後、大学受験、そして大学生活を謳歌したこともあり、BCLから遠ざかります。当時の私は東京に住んでいたのですが、結婚して神奈川に戻ってきたのを契機に再びBCLを始めます。その時に購入したのが3号機、SonyのSW77です。
SW77
デジタル表示をはじめ、当時のポータブル受信機としては最高の性能を持っていたのではないでしょうか。このころは日本語放送よりは英語その他の言葉を中心に受信しており、このラジオはその期待に十分応えてくれました。マンションに住んでいたので、バルコニーにロングワイヤーアンテナを張って、ミズホ社製のアンテナカプラーをつないで受信しました。
sim2WXK6EH4


そして4号機はAR7030です。
AOR-AR7030-DRM-001
10万円を超える受信機だけあって、性能は最高、LOOPアンテナを組み合わせて珍局を数多く受信できました。セントヘレナ、アイルランド、ソマリアなどこの受信機にして新たに50か国以上の国の放送局を受信できました。まさにこの受信機でBCLを極めることができたといっても過言ではありません。

BCLを中断して10年くらいになります。クーガNo7、SW77はもちろんAR7030も現役です(ICF5900だけは行方知れずです)。しかしどれも調子が悪いです。AR7030も周波数ダイヤルが動かなくなってしまいました。この3機はどれも生産が終了しており、新たにBCLを再開するには新しいラジオが必要と考えます。SonyもPanasonicも短波専用受信機はほとんどないと聞きます。そんな中でSW7600GRという機種が気になっています。価格も手頃ですし、AR7030には及ばないかもしれませんが、CRIやKBSなど主要局を受信することはできるようです。来年の早いうちにまた再開を目指します。

放送局名:Radio New Ireland
放送主体国:パプア・ニューギニア
受信年月日:2009年5月16日

パプア・ニューギニアの短波放送局は国営のNBCとその支局からなります。New Ireland島にあるこの局を受信したのは2009年5月16日、19:35のことです。ログによると3905Khzでトーク番組と音楽プログラムでしたが、使用言語は不明とあります。SINPOは34443と良好の状態でした。NBCはレポートに対して返信状況は芳しくなく(私もNBCポートモレスビーに何度もレポートしましたが、一度も返信がありませんでした)、期待はしてなかったのですが223日後、完全ベリカードが届きました。

RNewIreland171125



放送局名:Deutsche Welle
放送主体国:ドイツ連邦共和国
受信年月日:1976年6月?

言わずと知れたDWです。日本語放送をやっているときにはよく聴きました。このレインボーカラーのデザインのカードが欲しくてレポートを送ったものです。ところがDWは裏面にデータの記載がなく、当時BCLをやっている仲間内では「だれがデータが記載されているカードを受け取ることができるか」という競争をしたものです。その後何年にもわたってレポートを出しましたが、結局データが記載された完全なカードを受け取ることができたのは約30年後の英語放送を受信した2009年のことでした。

DW171117

DW171117u


放送局名:Channel Africa
放送主体国:南アフリカ共和国
受信年月日:1997年3月2日

アフリカ地域で初めて手にした記念すべきベリカードです。
この局はRSAの時代から日本で良好に受信できたそうです。ところが私は一度も受信できませんでした。受信機が悪かったのが、アンテナが悪かったのか・・・・。美しい南アフリカの動物の写真のベリカードは私の憧れでした。そうこうしているうちに、南アフリカで白人政権が倒れ、黒人政権に変わり、局名もChannel Africaに変わってしまいました。BCLを始めて18年で初めて南アフリカからの電波をキャッチできました。当時のログが残っていませんので受信内容、SINPOなどわかりませんが、返信が47日後、写真のカード、政府広報誌、IRCが返却されてきた記録が残っています。
かつてのカラー写真のデザインではないですが、民族衣装を着た女性のモノクロのイラストも味があるカードです。

CAfrica171122

CAfrica171122u

放送局名:Voice of Vietnam 
放送主体国:ベトナム社会主義共和国
受信年月日:1983年3月11日

私の生まれた翌年に日本語放送を開始したVOV、もう50年以上もハノイからの放送が続いていることになります。日本語放送担当者は複数名、全員ベトナム人です。独特のイントネーションもいいですね。

ところで放送開始のころはベトナム戦争の真っ最中です。まだ北ベトナムと南ベトナムとに分かれていたころ、北ベトナムはアメリカ軍の敵でした。ベリカードにはこのような文言が書いてあります。
「1972年12月18日、アメリカのB52爆撃機が放送局に絨毯爆撃を行ったが、わずか9分間の放送中断があっただけだった」
まさに戦争の緊迫感が伝わってくる文言ですね。ベリカードもむしろベリレターというべきもので、薄い藁半紙のような紙質で当時のベトナムの財政状況を表していると思います(当時はベトナムは世界最貧国ともいわれていました)。

実はBCLを始めたころの70年代後半にレポートを送り、ベリレターをもらった記憶がありますが紛失してしまいました。90年代にもらったベリカードはきれいな写真が使われていますし、ペナントやステッカーなど放送局グッズも充実していました。これからも応援していきたい放送局ですね。

VOV171120u

VOV171120







放送局名:Radio Nederland
放送主体国:オランダ王国
受信年月日:1976年7月2日

BCLを中学1年から始めました。当初は日本語放送ばかり受信していましたが、思い切って英語放送を受信、英語の受信報告を出し、初めて手にしたベリカードがこれです。

当時、カセットテープに録音した音源を英和辞典で調べ、オリベッティ社製のタイプライターで数日間かけてレポートを完成させました。おそらくは文法も滅茶苦茶でひどい英文だったと思います。約2週間で返信があったと記憶していますが、これがきっかけで英語のレポートを出す自信がついたと思います。

マダガスカル中継でSINPOAll4程度の強力な受信状態でした。局舎の写真でしょうか、この後も何度かレポートを出しますがいつも2週間程度の早い返信でした。

RNederland171117


RNederland171117u





放送局名:Voice of Friendship(KGEI 友情の声)
放送主体国:アメリカ合衆国
受信年月日:1976年1月18日

当時、アメリカ本土からの唯一の日本語放送を行っていた局でした。1973年日本語放送を開始したと聞いています。宗教放送局で同じく日本語放送を行っていたフィリピンのマニラコーリング、韓国のHLDA(現HLAZ、現在でも日本語放送を継続中)と同じFEBCが運営しています。

ベリカードの発行基準が厳しかったですね。マニラコーリング、HLDAが1日分のレポートでOKなのに対して、KGEIは1週間分のレポートと感想文が必須でした。
デザインはサンフランシスコの街並みのイラストですごくかっこいいです。私のは緑ですが、確か赤のデザインもあったのではないでしょうか?ちなみにKGEIの名前の由来ですが、Kはアメリカ西海岸の放送局、Iはインターナショナル、GEはアメリカの大企業、General Erectricを頭文字を取ったもので、コールサインも大企業の宣伝に使われる時代だったのですね。

KGEI171117


KGEI171117u



放送局名:Radio Australia
放送主体国:オーストラリア
受信年月日:1975年7月5日

18:55、”ワルチング・マチルダ”のISが始まります。
そして19:00、「ケケケケケ!」とけたたましいカワセミの鳴き声が・・・・・
日本で一番人気のある日本語放送が始まりました。

Radio Australia日本語放送は本当に楽しい番組でしたね。
国内放送並みの強力の電波はいつでも安定して受信できました。
受信報告も殺到したらしく(美しいベリカードが大人気でした)、返信には数か月かかることもありました。返信用封筒同封が返信の条件でした。

惜しまれながらも日本語は終了してしまい、局自体も海外向け放送はほぼなくなったと聞いています。
ABC171117
ABC171117u



放送局名:Radio Moscaw
放送主体国:ソビエト社会主義共和国連邦
受信年月日:1975年9月30日

記念すべき、ベリカード入手第1号です。今から42年前になります。
RMoscaw171117



RMoscaw171117u

はじめて海外からの放送を聴いてベリカードをもらったのですから
おそらく飛び上がって喜んだと思います(忘れましたが・・・)
でも岡田アナウンサーの落ち着きある喋りと、当時冷戦真っただ中
にあり、何か放送自体が冷たい雰囲気があると感じていたのを覚え
います。当然ながらSINPOコードALL5でした。
当時の返信用封筒も残っています。ソ連のシンパを作りたかったの
でしょうか、封筒には「日ソ友の会中央本部」と書かれています。
当時ソ連嫌いの父親が「お前、ソ連と関係あるのか?」と怪訝な表
情で聞いてきたことも覚えています。ちなみに当時の郵便代は20円
だったのですね。
ともあれ私のベリカード収集の第1歩になったわけで、私にとっては
宝物です。クレムリンの写真もお気に入りです。
RMoscaw171117h










2016年、趣味のBCL、ベリカードを紹介するブログを開設しました。
しかし、多忙と大きな病のため、1年間停波(?)していましたがこの度
再開しました。

改めて1から作り直します。ベリカードの紹介が中心ですが関連グッヅや
自分の思いも書きたいと思います。

自己満足の世界ですが、何十年と続いた趣味の軌跡を自分でもたどりながら
古き良き時代思い出したいと思います。

同じ趣味の皆さん、よろしくお願いします。

                     satoBCL

↑このページのトップヘ